第13話 二股
「ハイヒールが履けないんですよぉ」
32歳でバツイチのミナちゃんが、眉をハの字にしながら、妻の知美に話しかけている。彼女には10歳の男の子と5歳の女の子がいて、今は実家で両親と同居をしている。
午後2時半を過ぎて客が途切れ、洗い物や片付けもひと通り済んだので、ミナちゃんと妻は、客席の椅子に座って雑談をしていた。私は、ふたりの会話をカウンターの椅子で聞いていた。
ミナちゃんの話によると、いま付き合っている彼氏が、彼女と同じくらいの身長で、ハイヒールを履くと、彼より自分のほうが背が高くなってしまい、履きたいハイヒールが履けない、という悩みのようだ。
「ミナちゃんは、足が長くてスタイルもいいから、ハイヒールなんて履く必要ないじゃない」
「でも、ハイヒール好きなんですぅ」
「じゃあ、今の彼氏と別れて、背の高い彼氏を作ればどう」
「今の彼氏も、結構好きなんですぅ」
「じゃあ、こういうのはどう?」と、妻は右手の人差し指を立て「もう一人、新しく背の高い彼氏をつくるの。そうすれば、ハイヒール履けるじゃない」
私は思わず「二股ってこと?」と、横から口を挟むと、
「そうよ。伊坂幸太郎の『オー!ファーザー』の知代さんなんて、四股かけてたんだから、二股ぐらい良いでしょう」と、妻は平然と言った。
ちょっと違うだろう、と思いながら、ミナちゃんの顔を窺うと、口をポカンと開け、ハの字になっていた眉は、やはりそのままだった。