第8話 スマート

   

電車に乗るのは何年ぶりだろう。田舎で暮らしていると、日常の移動手段は専ら自動車だ。この日、県庁所在地への出張が入り、普段使っている自動車ではなく、電車での移動を選択した。鉄道ファンではないが、電車は好きだ。

私の地域から目的地へは一回乗り換えをしなければいけない。一昔前は、時刻表と睨めっこをしながら、乗り換える駅や電車を考える必要があったが、今はインターネットのサイトで出発駅と到着駅を指定してあげれば、自動で検索して教えてもらえる。

いろいろな候補の中から、乗り換える駅での待ち時間が短い候補を選んでいく。行きの電車を決定したあと、出張先での所要時間を考えながら、帰りのパターンを幾つかプリントアウトした。

駅で切符を買い、ホームで電車を待つ。高校生やサラリーマンの姿が目立つ。電車が到着し乗り込むと、さほど混んでおらず、シートに座ることができた。途中の駅で一度乗り換えたが、その電車でも無事座ることができ、そのまま終点を目指す。

駅に停まる度に乗客が増え、車内の人口密度が高くなっていく。
車内を見渡すと、友達とお喋りしている女子高生、朝からお疲れモードで寝ているサラリーマン、私と同じく小説を読んでいるOL風の女性と様々だが、やはり多いのがスマートフォンを弄る人だ。小さい画面を一生懸命、指で擦ったり叩いたりしている。

私は車内で読もうと持ってきた、伊坂幸太郎のマリアビートルを開いた。盛岡に向かう東北新幹線の車内で物騒なことが次々に起こるというストーリーだが、この電車内でそんな事が起きるとは思えない。

終点で電車を降り、出張の目的の場所に向かう。1時間ほどで用事を済ませ、帰りの電車に乗った。12時を少し過ぎていたが、昼食は帰ってからにしようと決めた。

日中の電車という事もあって、車内は比較的空いていた。私が座ったシートは3人掛けで、30代前半と思しき女性と、両サイドを埋める形になり、間に一人分のスペースが出来た。

駅に停まる度に乗客が増え、他のシートはほぼ埋まってきている。さらに乗客が増えれば、私たちの間も埋まるだろう、と思っていると、隣の車両から若い女性が移動してきた。

20代後半、いや前半か。大きい。横に。
彼女は、さっと車内を見渡した後、私たちの間に視線を移すと、躊躇うことなく、向かってきた。

来るか、と私は身構える。入るか、この狭いスペースに、と不安が過ったが、彼女はまさにそこがわたしの着地点よ、と言わんばかりに、スッと身を滑りこませると、それは違和感なく滑らかに、ソフトランディング。
お尻をシートと密着させるかの様にククっと捻り、彼女は着地を完了させた。

しばらくして、彼女は膝の上に置いていたハンドバックから、ピンク色をした長方形の、薄い箱の様な物を取り出した。何かが出てくるのかと見ていると、彼女はそれをパカっと開き、おもむろに太めの指を動かし始めた。

瞬間、私は思わず目を瞠った。ガラケーだ。

私は、車内を見渡すふりをしながら、彼女を窺った。
ガラケーを弄る姿が、可愛らしくスマートに、見えた。

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